「飢餓輸出」という言葉があるそうだ。この映画ではウクライナのホロドモールについて描かれている。ホロドモールとは人工的な大飢饉のことで、飢餓輸出の一例である。
こんなソ連のエスニックジョークがある。「目の前に線路がある。方向がわからないので列車がどこに行くかわからない。しかし物資を積んだ列車の進行方向がモスクワだ。」この映画ではこの話はジョークではない。
主演のジョーンズ役のジェームズ・ノートンは上手かった。強い意志をもつジャーナリストであるが必ずしも完璧なヒーローでないところがいい。目的のためには紹介状を改ざんしたりする。ちょっと情けないところや若さゆえの青さもみせる。
ウクライナでジョーンズと共にスープを食べる子供たちの演技は出色だ。衝撃的なシーンだから見逃してしまいそうになるが、彼らの表情がそのシーンの信憑性を裏付けているように思える。
子供の美しく残酷な歌声の繰り返しが精神をかき乱す。
今の日本には言論の自由がある。私もブログを書くことができる。嫌われたり炎上したり、真綿で首を絞められるような嫌がらせに遭うことはあるかもしれない。しかしいきなり施政者に殺されたりすることは考えにくい。
表現の自由のない時期の欧州などではオーウェルのように比喩を用いた表現をする人たちがいる。自由がないゆえにより芸術的に洗練された表現方法の進歩があっただろう。
イギリスの国益に照らせば、状況によってソ連と組まなければならなかったり、ナチスと組む選択肢も考えられた。ウクライナの惨状にうすうす気がついていながら見逃す政治判断が間違っていたと言い切れるか。しかし追求した真実を覆い隠すことはジョーンズにはできなかった。個人的には共感できる。
この時代の欧州事情は複雑でわかりにくい。何が正義かも定かではない。しかし、政策の犠牲になった人々がいる。
映画にでてくるロイド・ジョージは弱者のための弁護士を経て政治家になり首相を務めた人物である。選挙法の改正にも尽力した。そんなロイド・ジョージでもジョーンズの行動に否定的であった。しかし、国民に政治家を選ぶ権利があるのなら、政策によって実際に何が行われているかを知る権利もあると思う。