昭和の広告代理店的手法がコロナを広めている

新型コロナを予防するために最も大切なことは「対面でペチャクチャしゃべらない」ことである。次に大切なのは「手洗い、消毒、うがい」である。これらを守れば感染症はおさまっていくだろう。

 

政府は「三密」とか「まん防」といったようなキャッチフレーズを用いている。このようなキャッチフレーズは予防に役立っていないどころか逆効果ですらある。

 

「三密」というのは専門家の発想である。つまりリスクを避けることを優先しすぎて真の本質がなんなのかが見えなくしてしまっている。三密というのは密閉、密集、密接のことだが、「密閉かつ密集かつ密接」なのか、「密閉または密集または密接」なのか、意図的に曖昧にしている。最も高リスクな行動は何かということも曖昧である。個人から見ると不安を煽るだけで実は意味がよくわからない言葉である。

 

「まん防」については言葉だけが一人歩きして、何を目的としてどういったことが行われるのかを曖昧にしている。緊急事態宣言を出すまでに至っていないし経済のことを考えると出したくない、コロナに対応する医療従事者も十分に確保できない、しかしなんとか感染を食い止めたいという行政側の「気持ち」が表れた言葉である。

 

飲食店に「飲みに行く」ことはメリットとデメリットがある。メリットは飲食店の収入が増えることであり、デメリットは気が大きくなってベラベラしゃべる客がでてくるということである。店はしゃべる客を制したり、店から追い出したりすることはできないらしい。その過程で店員が感染するリスクもある。実際に厚労省の役人が大挙して飲食店で遅くまで宴席を設けていたときも、店側は拒否することができなかった。

 

厚労省の役人が大勢で飲み会をしていた、ということに関しても、マスコミは、庶民が飲み会を我慢しているのに上級国民はうらやまけしからん、というような論調で報道しているように思う。厚労省の役人が、予防の本質を理解していない行動をしているのがいけないのである。

 

話が逸れたので戻そう。一見キャッチーだが、何が言いたいのか曖昧だったり、一方的な願望を表しているだけの言葉をそれらしく発信するのは、広告代理店的な手法といえる。こういった手法は、昭和の高度経済成長期の広告であれば有効だったかもしれない。何となく世の中の雰囲気を醸成して消費を促進するのに役立っただろう。

 

しかし、現代の感染症予防にはそういった手法ではいけない。感染症の本質を理解せず、どういった手法がどのような場合に有効かということも考えずに、行政が民間に丸投げしている図式が浮かび上がっている。感染症予防については結果が問われる。だから気分を盛り上げようとする広告代理店手法では、人の心をつかめないのだ。

 

店舗数を増やそうとしているある店が客に対して「目標店舗数一万店!」などと宣伝していた。客側からするとこの店の店舗数が目標に達しようが達しまいが興味はない。景気がいいんだな、頑張っているんだな、と思うくらいである。こういう目標は経営者が株主や従業員などにいうことであって客にいうことではない。向いている方向が間違っている。

 

現在、適切な相手に本質をとらえたわかりやすい言葉で説明することが求められている。コロナがそれを明確に示している。

 

人々も、コロナによって何となく生活に我慢を強いられている、とぼんやりとした雰囲気でしか思っておらず、「会話」が感染を広めるのだということがわかっていないらしい。「外出は控えましょう。遠出はやめましょう。飲み会もやめましょう。でも通勤や日用品程度の買い物はOKです」と言われて、同僚や家族とペチャクチャおしゃべりしている。子供に至ってはマスクもせず喚いている。皆コロナに罹ってもいいと思っているのだろうか。感染がおさまらないのは当たり前である。