日本語と遠い親戚のようなトルコ語

日本人は第一外国語として英語を勉強する人が圧倒的に多い。漢文では中国語の文法を勉強する。しかし、日本語と英語・中国語は文法も発音もかなり違うので、外国語を習得するのはとても難しいことだと思われている。文法が似ている言葉をまず習得すると、外国語学習へのハードルがぐっと低くなるように思う。

例えば、トルコ語は日本語と文法が似ている。私はトルコ語を勉強したことがあるが、英語よりもはるかに楽である。母音は8つで、発音も難しくない。現代のトルコ語はアルファベットで記述してローマ字読みで発音する。

トルコ人は多言語を習得している人が多い。五カ国語くらい話す商人はざらにいる。特に日本語は習得しやすいらしい。最初にトルコに行ったときについたガイドは日本語ペラペラだったが、NHKの番組を聞いて勉強して6ヶ月くらいだと言っていた。そんな彼も、まず英語を勉強しようと思ったが挫折して、次に日本語を勉強したらすごく簡単に思えたと言っていた。

アルタイ語族であるトルコ語と似ている言葉は他にもある。例えば、中国の新疆ウイグル自治区ウイグル語である。私はウイグル語はわからないのだが、ウイグル語を聞いているとトルコ語にとてもよく似ていてまるで方言のように聞こえる。アゼルバイジャン語も似ている。アゼルバイジャンの映画を見たことがあるが、最初トルコ語かと思ったくらいだった。中央アジアの国々にはトルコ語系の言葉を話す人たちが多くいる。

日本語とトルコ語は文法が似ているだけで、聞いているだけでは類似点は全くわからない。

トルコ語と日本語の似ているところは、語順である。

例えば、「君を愛している」というのはトルコ語では「Seni seviyorum.(セニ セヴィヨルム)」という。senは「君」、iは助詞の「を」、sevは動詞「愛する」の語幹、iyorは現在形、umは人称語尾で動詞の主体が「私」であるということを指している。直訳すると「君を愛している私は」ということになろうか。

動詞に人称語尾が付くところは日本語と違う。文頭に人称代名詞は付けてもいいが付けなくてもいい。

また、他に特徴的な点としては、トルコ語には過去形が二種類ある。ひとつは、自分が経験した過去もしくは確実に正しい過去である。もうひとつは、他人が経験した過去つまり伝聞の過去である。確実な過去と曖昧な過去は明確に区別するのだ。

日本語にもトルコ語からの外来語がある。「ヨーグルト」はトルコ語yoğurtという。ここではğは発音しないので「ヨウルト」と発音する。日本では明治ブルガリアヨーグルトが有名なおかげでヨーグルトはブルガリア原産であるかのように思われているが、原産地がどこかははっきりしないらしい。トルコ人はヨーグルトをよく食べる。塩やニンニクで味付けして料理に用いられることが多い。アイランという塩味のヨーグルトドリンクもある。

「ピラフ」はトルコ語ではpilav(ピラウ)という。日本でいうところのピラフとほぼ同じようなものである。米だけではなくて挽き割り小麦でも作る。トルコでは米はピラフとして食べるか、ライスプディングとして食べる。日本のご飯のような味付けしていない米料理はトルコ料理にはない。

日本語と同じ意味のトルコ語もある。例えば日本語の「いい」はトルコ語の「iyi(イイ)」である。違う意味だが同じ発音の言葉もあるので注意しよう。例えばトルコ語の「soba(ソバ)」は日本語の「ストーブ」である。

日本語とトルコ語は遠い親戚みたいなものだ。そういえば私たち親戚だったねと言い合って互いの共通点を探して話題にするような間柄である。遠い関係が逆に懐かしいと思えるようなそんな関係だろうか。