睡眠改善のために実際に役に立ったこと

しばらくブログをお休みしていましたが再開することにしました。またよろしくお願いします。

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9月まではこれからずっと夏なんじゃないかと思うほどの気温だったが、10月に入るとキンモクセイの花が香り、秋の風情が漂うようになった。もうすぐ冬になるだろう。

季節の変わり目には、睡眠障害がでてしまう。寝付きが悪い、眠りが浅い、中途覚醒してしまう、などの現象があらわれることがある。以前からこういう状況があって悩んでいたので、かなりいろいろ試している。なるべく睡眠薬には頼りたくない。その結果、実際に効いたことを話してみたい。こんなぬるい方法でいいのかと思われるかもしれないが、あなたにも案外効くかも知れない。

寝る3時間前からは食事をしない

一番大切なのはこれだと思う。消化器系の内臓が動いていると、睡眠の妨げになるのではないだろうか。眠りに集中するなら、他の活動をなるべく抑えたほうがいいように思う。

適度な温度を保って眠る

寒くなってきたので暖かくして眠ろう。季節の変わり目はどのくらいの寝具が適切なのかよくわからなかったりするが、薄手の布団や羽布団などで調整して、心地よい温度を探ろう。

夕方から夜にかけてカモミールティーを飲む

どうしても睡眠時間が短くなってしまってつらかったときに試してみたら著効があった。おすすめである。カモミールはケチらずたっぷり入れて渋くなりすぎない程度に濃いめに出した方がよい。ティーバッグでもOKだ。寝る直前に飲むとお手洗いに行きたくなり中途覚醒の原因になるので、適当な時間にリラックスして飲もう。カモミールに限らず、眠りによいとされるブレンドハーブティーでも、結構良い。

ヤクルト1000(Y1000)を飲む

ヤクルト1000は睡眠の質を高めると言われている。しばらく前に初めて飲んだときは、何となくすっきり目覚めたような気がした。気のせいかもしれない。それからほとんど毎日飲んでいる。他の方法も試しているから、ヤクルト1000そのものに効果があるのかどうかは正直定かではないが、これからも続けてみようと思っている。飲む時間はいつでもよいといわれているが、だいたい夕食後くらいに飲んでいる。人気があるので、今でも品薄のようである。いくつかのスーパーでは一回に買える本数が決まっている。入手ルートは、東京メトロの駅構内の自動販売機か近所のスーパーである。入荷時間はだいたい決まっているようだ。

 

これ以外にも、カイロプラクティックに行ったり、漢方薬やサプリを飲んだり、いろいろ試した。効果があったものもあるが、処方など個人によるものも多いからここでは挙げない。また、寝る前にスマホやPCを見ないとか、ゆっくりお風呂に入るとか、適度に運動するとか、いろいろ方法はあるだろう。昼の活動を活発にするためにも、きちんと睡眠をとって心の平安を保ちながら生活していきたい。

共産主義の中国政府と個人の箸の上げ下ろしまであげつらう日本政府

中国が違法な内容と判断したカラオケ曲を禁止するそうだ。

中国、違法な内容のカラオケ曲を禁止へ | ロイター

以前、知り合いの中国人とカラオケに行ったときに、日本の「北国の春」(作詞:いではく)について「素晴らしい曲だよね」と言っていた。中国でも大ヒットしたのだそうだ。日本の歌ではあるけれど「北国の春」なら歌詞の内容からも禁止されないのではないだろうか。

さて、「北国の春」では故郷への思いを歌っているから、国民にお盆の帰省をやめてほしい今の日本政府にとっては都合の悪い歌なのか、というとそうではない。「あの故郷(ふるさと)へ帰ろかな」というのは「帰省するよ!」という意味ではない。彼は故郷へは帰らない。故郷への懐かしさや切なさを含むさまざまな感情が入り交じった気持ちをあえて美しく叙情的に表現しており、それが人々の共感を生んでいる。だからこの歌は現状の社会状況に照らし合わせれば日本政府からもむしろ推奨されるべき歌である。

しかし、コロナ禍であっても、日本国民は、お盆に帰省することや帰省先の行動まで事細かに政府に言われないといけないのだろうか。デパ地下の入場制限をされなければいけないのだろうか。それこそ共産主義の中国とどう違うのか。現状の日本はロックダウンが事実上できないし、ワクチンを接種するかどうかも国や企業が決めるのではなく個人が決められるが、そのことについて私は日本国民でよかったと思っている。しかしそれならば国民が自分で考えて適切な行動をすることができるだけの知性を持たなければいけないのだ。

前から何度もブログに書いているが、現状では、ある程度の時間、近距離での会話をしなければ感染しない(運が悪かったり職業上また状況によって仕方なかったりする場合もある。また本人が適切な行動をしていても家族からうつることはある)。適切にマスクをつければ予防の一環になる。しかし、うちの近所には家族連れや友人同士ででかけてワイワイ騒いでいたりする人々がたくさんいる。大勢でホームパーティーの買い出しに来ているらしき人達もよく見かける。どういう状況で感染するのか全く考えていないようだ。これらの人たちが、自分たちは我慢を強いられていると思っているらしいということが私にはよく理解できなかったのだが、最近できるようになった。彼らはこの期に及んでどういう経緯で感染するのかが全く理解できていないので、何をどう気をつければよいのかわからない。だから、不安になったり我慢を強いられていると感じる一方で傍若無人な振る舞いをするのだ。

そういう国民を見ると政府が個人の箸の上げ下ろしまでチェックしたくなる気持ちもわからないではないけれど、それってどうなのよ。世界的にはコロナによる有事の状況であるが、日本では平時の民主主義政治と行政が行われている。ある程度個人の自由を抑制したいが現状無理なので、何故か本質から微妙に外れたところをいちいち細かくつついているのが現状である。専門家は専門分野には見識があるが、専門外のことは往々にしてトンチンカンなことを言う。医学の専門家に社会や経済の責任を負わせてはいけないし、逆もまたしかりである。全体のとりまとめと調整は政治の仕事である。

変えなければいけないのは人々の行動以前に認識なのだ。認識があってこその行動である。新型コロナの流行が拡大しているのは政治家のせいではない。人々の理解と認識が適切でないためである。

東京オリンピック野球男子金メダル

東京オリンピックでは、ソフトボール女子に続いて野球男子も金メダルを獲得した。広島カープからはプロ野球チームのなかで最大の4人が出場した。菊池、栗林、鈴木、森下である。カープの選手が出場すると、実際に面識もないのに、なんだか親戚の子がでているような感覚になる。

準決勝は韓国戦だった。韓国から日本の伊藤大海投手がロジンをつけすぎていると抗議されたようだったが、ルール違反ではないし伊藤は特に気にしていないようでなによりだった。カープファンからすると、ロジンをたっぷりつける投手といえば現役時代の佐々岡を想像する。また、甲斐が打席に立ったとき顔付近に来た高い球をよけた。今回のオリンピックでは會澤が選出されていたが怪我のため出場を辞退し、代わりに阪神の梅野が出場した。もし會澤が打席に立っていたらよけきれずにぶつかっていたかもしれないと思って見ていた。出場できなかったのは本当に残念だったけれど。

初戦のドミニカ戦では、栗林が珍しく失点した。緊張していたのもあっただろうが、甲斐が栗林の球種をあまり理解していなかったように思えた。栗林はストレートとフォークだけのピッチャーではない。状況によってはもっと幅広く考えて投げさせたらいいのに、會澤ならわかっているだろうにと思ってしまった。しかし、その後甲斐のリードは明らかに改善されて、栗林も緊張が解けていいピッチングをするようになった。

準決勝の韓国戦の前には、順当にいけば日本が金メダルだろうと思っていた。それだけ走攻守ともに実力が抜きん出ていたように見えた。セリーグの選手、村上、坂本、山田など、応援するチーム側の選手だと、こんなに頼もしいものなのか。パリーグの選手もいい選手ばかりで、特にオリックス吉田は素晴らしい。高校の後輩であるカープの西川も追いついてほしい。これだけの選手たちがチームプレーをするのだからそれは強いだろう。いいバッターはバントも上手い。

勝戦前に森下については、課題は立ち上がりだけで一回さえしのげばその後は抑えてくれるだろうと思っていた。立ち上がりしっかり抑えてくれたのでこれはいけると思った。アメリカの先発マルティネスについてはいいピッチャーだということは知っていたが、パリーグソフトバンクの選手なのであまり日常的に見ていなかった。森下も普段と違って味方が点を取ってくれるから楽に投げられるのではないかと思っていたが、日米両チームともいい投手だったため投手戦になった。

森下と栗林は大活躍だった。森下のユニフォームは発売してすぐ完売したと聞く。カープ以外のファンも増えただろうが、見た目と違って強心臓なところが彼のいいところなのだ。栗林は新人王へのアピールになったかもしれない。通常弱いチームにいるが、強くて勝てるチームの一員になれたことも彼らのいい経験になっただろう。また、メジャーリーグからも目をつけられているに違いない。

菊池のところへの打球が少なかったのは、相手チームの研究の成果かもしれない。野球はデータ分析が進んでいるので外国チームも研究しているだろう。最後の打球が菊池のところに飛んだのは、栗林が意図したものだったか。自らベースを踏んだり一塁に投げたりせず、ショートの坂本にトスしたのは、いろいろな意味での菊池の視野の広さだっただろう。鈴木もオリンピック中に一本特大ホームランを打ったので相手チームから警戒されただろうし、決勝戦ではマルチヒットで四球も選んだ。

中日の大野雄大が授賞式で金メダルを空に向けて掲げていた。亡くなった木下投手へのいいはなむけになっただろう。木下投手は中日新聞の職域接種として新型コロナのワクチン接種を受けたあとしばらくして練習中に倒れ入院していた。死因についての発表はされていない。

木下雄介 - Wikipedia

東京オリンピック開会式

昨日の昼にブルーインパルスが東京の空を展示飛行した。直前に12時40分から55分という時間だと知ったので、家の近くで空を見ていた。最初の頃に雲がうっすらと色づいたところがあったがその後は見えなかったので、12時50分を過ぎてあきらめかけていた頃に機体が目の前をまっすぐに横切っていくのが見えた。あいにく雲がかかってはいたが、美しい飛行だった。

20時から、東京オリンピックの開会式が行われた。特に良かったと思うのは、ドローンでのエンブレム&地球とピクトグラムのパントマイム、聖火台のデザインである。デジタルとアナログのよさが出ていたと思う。

ドローンで会場上空に市松模様の大会エンブレムが描かれ、それが姿を変えて地球の形になった。米Intel社の技術がこのパフォーマンスを実現したそうだ。

開会式で地球をかたどったドローンは1824台のIntel製「Shooting Star」 - ITmedia NEWS

聖火台は太陽や五輪をモチーフに佐藤オオキ氏によってデザインされたものだ。燃料としては五輪史上初めて水素が使われている。試行錯誤を繰り返して作られたさまざまな技術が結集した美しい聖火台だった。

Tokyo2020 聖火台 | nendo

オリンピック聖火 臨海部の聖火台へ 現地観覧は自粛呼びかけ | オリンピック・パラリンピック 話題 | NHKニュース

佐藤オオキ氏

競技種目を絵文字で表すピクトグラムをパントマイムで実演するパフォーマンスがあった。途中でバドミントンのラケットを落としてしまうハプニングがあったが、それが逆に「頑張れー」と応援したくなるような気持ちにさせてくれて、全50種目のパフォーマンスが終わったときには思わず拍手をしてしまった。

残念だったことは、橋本聖子大会組織委員会長とトーマス・バッハIOC会長の話が予定時間を大幅に超過したこととNHKのアナウンスである。

橋本会長とバッハ会長の話が長いことについて、コロナ禍でのオリンピックなのだから、たくさんの選手・関係者が一堂に会している時間が延びることは感染リスクの増加につながる。多くの関係者の尽力で開会までこぎつけたのに、あまりに無神経過ぎる。橋本会長も自らの話に感極まっている場合ではなく、本来の意味での仕事を全うすることに気を配るべきではないのか。

NHKのアナウンスに関して、入場行進の際に、豊原謙二郎アナウンサーがイランをアラブ諸国と言い、和久田麻由子アナウンサーはそれを訂正せずに話を合わせていた。その後、入場行進の最中に自らの訂正があった。中東諸国にはアラブ諸国、イラン、トルコがあるが、それぞれが違った文化と歴史を持つ誇り高い民族であり、間違えることは非常に失礼にあたる。国際大会のアナウンサーがこういった背景を知らなかったということは、教養と国際感覚の欠落をさらけ出したことになる。

事前には次々と問題が発生したため中止すべきだという意見もあったようだが、全体的には開会式が行われて良かったように思う。出場選手全員の健闘を祈っている。

そういえば昨夜からすぎやまこういちドラゴンクエスト「ロトのテーマ」が頭をぐるぐる巡っている。しばらく続くかもしれない。

無観客なのになぜかたいして語られていない東京五輪のDX

東京オリンピックパラリンピックはごく一部を除いて無観客で行われることになったようだ。開催については当初2020年に行われることになっていたが、新型コロナウイルス感染症の影響で1年延期されて今年行われることになった。

しかし、1年延期の期間に、観客を入れる入れないとかその場合の感染症対策とか、その際の広報のやり方などのシミュレーションは行わなかったのか。無観客にする選択肢を考えるうえでよりデジタル化の推進の気運を高めようとは思わなかったのか。観客が生で競技を観戦するその空気や緊張感はインターネットやテレビでは味わえないものだろうと思う。しかし、インターネットやテレビでいろいろな角度から撮影された画像をさまざまな角度で切り取ってさまざまな情報とともにリアルタイムで放映することは、逆にリアル観戦では味わえない感動を呼ぶ可能性がある。それをなぜ世界に大きく発信しようとしないのか。

IOCのバッハ会長が日本を訪れている。日本人を中国人と誤ってしまうなどありえない失言もある。一部メディアでは「ぼったくり男爵」などと称されている。しかし、本当に商業や金儲けにフォーカスするなら、なぜ単にオリンピックを通常通り開催するのではなく、新たな技術を駆使してその技術を世界に広める機会にしようとしないのか。大きな利権が動いているのなら、その利権を分配することだけを考えずに、世界的な成長の礎としようとは思わないのか。利権の分配や広島・長崎詣によってノーベル平和賞を獲得しようとするならあまりに時代遅れのマインドではないか。

そもそも、コロナ以前は「五輪テック」といった、テクノロジーにフォーカスしたオリンピックといった側面が盛んに報道されていた。東京で行うからこそ、コロナの最中だからこそ、よりテクノロジーを駆使して、リアルでは味わえない五輪の方向性を指し示して、今後の経済や技術の発展に寄与することを発信すべきだろう。

メディアも連日オリンピック強行なんてけしからん、問題が次から次へ発生している、と煽り立てている。テロだって難民の発生だって五輪前にある程度の対策はされているはずである。もしかしたら煽るだけ煽っていったん国民感情のガス抜きをしているのかもしれない。与党も最近の選挙では負けが続いている。新型コロナ感染症対策も小手先の大衆の人気取りが裏目に出ているように思う。まず今後の経済政策の柱と感染症の対策の方針をきちんと国民に説明すべきだ。しかし、現状は、五輪が始まってしまえばそれなりに盛り上がるだろうから、それまでは寝たふりしてガス抜きに専念しようということなのかもしれない。それは私の趣味とは違うけれど。

トルコ・イスタンブルのリュステム・パシャ・モスク 日常生活と一体化したイスラム

だいぶ前の話だが、トルコのイスタンブルにあるモスク、リュステム・パシャ・ジャーミイに行ったことがある。(ジャーミイとはトルコ語でモスクのことである。)

場所はイスタンブル旧市街にある。地図で見るとあまり難しくない場所なのだが、そのあたりに行ってみると商店街があってどこにモスクがあるのかわからない。上を見るとモスクのミナレット(塔)が見えるのでこのあたりのはずなのに周りには商店しかない。お店の人に聞いてみると、そこを入ったところに階段があるからそこから登れという。そんなこと言ってもそのあたりも商店じゃないの、といぶかしく思いながらも言われた通りに行ってみるとたどり着けた。

このモスクについて私が一番驚いたのは、雑多な商店街の二階に美しく聖なるモスクがあったことだった。イスタンブルは大都会である。人がたくさん行き交う商店街は活気にあふれている。そんな街中の雑踏のなかにモスクがあるのだ。モスクに入るとその時間には内部に人がほとんどおらず、静謐な空気に包まれていた。

日本には神社やお寺がある。神社の周りは門前町になっていたり、神社に至る参道には商店がならんでいる。しかし、いったん神社やお寺の内部に入るとそこは聖なる場所であり外部とは空気が違っている。それは都会でも田舎でも同じである。神社ではお札やおみくじなどが販売されているが、一般の商店とは違う。

イスタンブルには街中いたるところにモスクがある。そういう意味では京都のようなところである。スルタンアフメット・ジャーミイ(ブルーモスク)やスレイマニエ・ジャーミイなどはまとまった広い敷地にあるため一見、神社やお寺、教会と同じように外と遮断された空間のように思われた。実際には付属施設があるモスクもあり、その中に商業施設が含まれていることもある。後に行ったエディルネのセリミエ・ジャーミイも広大な敷地内に付属施設がある。モスクと付属施設全体がひとつの街になっているようなイメージだった。

リュステム・パシャ・ジャーミイは赤や青など鮮やかな色で繊細な文様の施されたイズニックタイルが有名なモスクで、建築家ミマール・シナンによって設計された。一度ぜひ行ってみたいと思っていたモスクだった。しかし、実際に行ってみると美しさもさることながらその立地が私の印象に残った。

イスラムでは聖俗は不可分だという。日常生活と宗教とが一体化している。それがこのリュステム・パシャ・ジャーミイに象徴的に現れているように思った。

おにぎりの話

学生の頃友人から「得意料理は何?」と聞かれたことがある。すこし考えてから「おにぎりかな」と答えた。今でも同じ答えをするかもしれない。

たいてい米一合あたり四つのおにぎりを作る。数種類作るときでも一種類は決まっていて、海苔と梅干しのおにぎりである。大ぶりの梅干しの種を取り除き、おにぎり一つにつき半分使う。梅干しは梅、塩、紫蘇のみで作られた塩分15%以上のものを使っている。以前は自分で漬けたこともあるが、東京都内のベランダでは梅を干す気分になれない。だから、今は買ったものを使っている。これまでに食べた中で一番美味しかったのは夫の祖母のお手製の梅干しだ。庭に生えている濃い紫蘇の色に染まっていた。今ではもう手に入らない。

海苔はたいてい近所のスーパーに売っている標準的なものを使っている。海苔の品質はおおよそ値段に比例すると思う。いただきもので美味しい海苔が入手できることもあるし、たまにささやかな贅沢をすることもある。おにぎりに貼ってしっとりさせた状態で食べる。必ずしも全面には貼り付けないがたっぷりと使う。

おにぎりの形は平べったい丸形である。リクエストがあったり気が向いたりすれば俵型でも三角でも作るけれど、通常はこの形で作る。ご飯が炊けて蒸らしたらしゃもじでほぐして少しだけ冷ます。通常は家族と自分の分しか作らないから素手で握る。ご飯はやけどしない程度に熱いと感じるくらいがちょうどいい。ご飯がうまく炊けているかどうかは見た目と感触でわかる。感触は米の銘柄によっても違う。手を濡らして手のひらにささっと塩を振ってなじませる。塩はいろいろ試していて、今は白い岩塩を使っている。左の手のひらにご飯をのせて右手を使ってころころと手前に数回転がして軽くふんわりと、かつ、しっかりと握る。この力加減がコツといえばコツだろうか。

具については梅干し以外でも保守的である。塩昆布、鮭、たらこ、明太子など。たらこや明太子はすぐに食べるならそのまま、持ち歩くなら焼いてから入れる。

海苔のおにぎり以外なら、ふりかけを混ぜ込んだり、表面に味噌をつけたりする。海苔の代わりに大葉を使ったりもする。炊き込みご飯をおにぎりにすることもあるが、具によっては崩れてしまうこともあるので気をつける。

おにぎりは素朴で飽きない。できたてでも冷めてからでも美味しい。